1、 サツマイモ畑をおお深い
  多摩川の砂利運びの帆掛け船が上ってきた昭和の初め頃までは、多摩川の辺りにはキツネが随分いたものだった。
 為蔵じいさんは、喜多見のずうっと宇奈根の境の方までよく魚獲りに行っていたんだけど、あるとき、晩方になっても帰ってこないんで、家の者や近所の人が、みんなして捜していたんだって。そうしたら、明け方、サツマイモ畑を「おお深い、おお深い」って、尻っばしょりして、まるで川を渡ってるみたいに歩きまわっていたんだってよ。魚篭(びく)の中には魚は1匹もいなかったって。キツネに化かされて、みんな盗られちゃって。(岩戸 秋元重光 明治32年生

 2、サツマイモ畑を深い深い

 調布の上ヶ給(あげきゅう・国領町)のカッちゃんて馬方(うまかた)が、結婚式かなんかによばれて行ってね。帰りに和泉の田中橋渡ってから、玉翠園のところへ行っちゃって、やっぱりサツマイモ畑を「深い、深い」ってやってたって。
 そうして、六郷用水の北っ方のあぜっぷちのところを行ったり来たりしているのを、朝あの辺の人が畑へ行って見つけて、不思議に思ったって。
 結婚式に行ってね、ごちそうを馬に積んで結(ゆ)わえてね、ぶら下げてあったのがもとで、化かされちゃった。(岩戸 石倉伝吉 大正2年生)

 3、川の中で大っきな音
 
昔は、川で魚を獲っていて、よくキツネに化かされることがあった。
 ドーンと、川の中で何か、とてつもない大っきな音がして、腰を抜かすほど驚かされたって。あれは、多摩川の河原のヤブにいるキツネが魚が欲しいので、まやかしたんだろうって言っていた。
 それから、夜川(よかわ・夜の漁)に行って、朝まで川を歩いていて岸になかなか上がれなかったという話もえらくあったよ。(猪方 谷田部周平 明治16年生)

 4、葉っぱを頭に
 多摩川の渡船場の辺りで、キツネが頭の上に木の葉をのっけているのを見たという話もあった。そうして何かに化けて、人をだましたらしいよ。
 夜道を提灯持って歩いてたら、キツネにろうそくを取られるって、昔 の人は、よく言っていた。(猪方 小川嘉七 明治41年生

 5、ソバ畑をおお深い

 上和泉の今の都営団地のとこに、富士塚っていう大きな塚があって、 そこにキツネが穴ずまいしててね、この辺のニワトリなど捕って荒らし たのだけビね、銀太郎さんて鳥屋のおじさんが、そのキツネに化かされたのですよ。
 この先の大町の方からトリを買ってきて、鳥っ籠(かご)を天秤(てんびん)の両はじに下 げてかついで帰ってくるのに、日が入っちゃった。そしたら富士塚のキツネに化かされて。ニワトリかついでるからね。一晩中、ソバ畑を「おお深い、おお深い」って、尻をはしょって、あっちこっちぐるぐる歩ってたんだってよ。秋であったのでソバが一面に白い花が咲いて、この辺ではあちこちにソバ畑があったから、それを川に見せられちゃって、「おお深い、おお深い」って籠をかついで一晩中、川越ししたんだって。(和泉 本橋兼吉 明治24年生)

 6、いい女に化ける
 
昔、富士塚にはキツネが随分いて、よく人を化かしたそうですよ。調布の五宿(ごしゅく)へ遊びに行く若い衆が化かされたって話を、よく聞きましたよ。なんか、いい女に化けてね、出てくるんだとかって。(和泉 谷田部トミ 明治32年生)

 7、雪の日のキツネ狩り
 
富士塚にもキツネの穴があったけど、中学校のそばに丸山ってとこがあってね、わたしら若い頃、雪でも降るとキツネ狩りをやったんですよ。
 そいでね、畑の中にササがあったら、そこからとび出したんで、網を張って捕ってね、竹の棒にぶら下げてかついで、府中まで売りに行ったことがありますよ。(小足立 冨永和作 明治29年生)