消防事務を都に移管
昭和23年の消防組織法の施行以来、多摩地区の各市町村では単独もしくは組合形式によって消防事務を行ってきた。しかし、特別区は連合して業務を行っており、多摩地域との間には格差が生じていたので、消防行政の統一的処理を望む声が強くなった。38年から48年までに立川市や八王子市など18市2町は消防事務を東京都へ委託している。
狛江では、37年1月に発生した町内の病院の大火を契機に同年8月、狛江町消防本部及び狛江消防署を発足させた。当時は狛江町の責任において消防業務を行っていたが、人口の増加に伴い公共施設の建設等、財政需要が増え、消防事務の遅れは他の行政サービスとの間にアンバランスを生じさせ、このことから、消防事務の委託について検討を行い、49年4月、東大和市、清瀬市などとともに東京消防庁に委託することになり、東京消防庁狛江消防署が誕生した。
事務委託に際しては、消防庁舎の用地を取得し、建物を建築して、東京消防庁に引き渡した。
小田急線で市域が南北に分断される当市では、小田急線以南への消防力の配備も併せて検討し、ほぼ同時期の同年5月に猪方出張所を開設した。敷地761平方メートル、耐火3階建建築面積215平方メートル、延べ面積535平方メートル、消防寮を合築した庁舎が完成、ポンプ車1台を配備し、事務を開始した。出張所の管轄する地域には狭隘な道路が多いため、小型ポンプ軍の配備であった。
また、高層化した集台住宅等の増加に伴い、はしご車の導入が検討され、52年4月21日、当市の道路、建物状況等を考慮して、全長10.66メートル、全幅2.48メートルの25メートル級のはしご車の運用を開始した。
61年1月21日、市内の団地5階から出火した火災で、はしご隊の活躍により猛煙猛火の中からお年寄りを無事救出したことは記憶に新しいところである。