新春対談

プロフィール

おいでやす小田さん
 京都府出身。元狛江市在住。吉本興業所属のお笑い芸人。
 2008年頃からピン芸人として活動。2019年、「おいでやすこが」としてユニットを結成。2020年のM-1グランプリで準優勝を果たし一躍ブレークを果たす。
 ユニットとして数多くのテレビ番組に出演する一方、ピン芸人としても活躍。その活躍の場はお笑いのみならず、連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」、「石子と羽男ーそんなコトで訴えます?ー」等、ドラマにおいても活躍中。
 趣味・特技はバスケットボール。

 

狛江市とのつながり

市長
 新年あけましておめでとうございます。本日はお笑い芸人のおいでやす小田さんをお招きしています。テレビで見かけない日はないぐらい引っ張りだこで大活躍をされていますが、本日は過密スケジュールの中、お越しいただきありがとうございます。小田さんは狛江市にお住まいと伺っていたのですが、残念ながら昨年お引っ越しをされてしまったんですね。

小田
 本当にすみません!狛江市には約4年半住んでいましたが、昨年10月に品川に引っ越してしまいました。仕事で羽田空港を利用することが多いのと、吉本の芸人は週末に関西の劇場に行くことが多いので、新幹線をめっちゃ利用するんですよね。狛江からだとその行き帰りの移動時間がホンマにしんどくなってしまって…。

市長
 本日は元・狛江市民ということでご出演いただいている訳ですが、小田さんが以前からテレビ等で狛江愛を発信されているのをよく拝見していました。ありがとうございます。

小田
 市長が前にいるからということではなく、狛江のことが本当に好きなんですよ!後輩からは狛江に住んでいるのをめっちゃいじられましたけどね。

市長
 どこをいじられるんですか。

小田
 「どこ住んでんねん。狛江?遠いやろ」みたいなのをめちゃくちゃ言われるんです。僕からしたら「近いよ!狛江に住んでみたらその良さが分かるから!」って。

市長
 そもそも、なぜ狛江市に住もうと思ったのですか。

小田
 元々大阪で活動をしていたんですけど、全く売れなくて。いっそ東京で一旗揚げてやろうと思って引っ越してきたのがきっかけです。2018年の5月に引っ越してきて、その内見を2~3月ぐらいにしていたときに、狛江に一度来たんですよね。そしたら、狛江駅にバーンと「2018年春から準急が止まります」って大々的に掲示されていて。

市長
 なるほど。当時、狛江駅に準急が止まるという話題はちょっとしたニュースになっていました。

小田
 不動産屋さんも知らなくて、各駅しか止まらないって聞いてたんですよ。でも、その掲示を見た瞬間、狛江に決めました。これは運命だと思って。

市長
 実際に狛江に住んでみていかがでしたか。

小田
 もうめちゃくちゃ良い街ですよ!街自体にネガティブな印象は一切ないです。

市長
 小田さんにそこまで仰っていただけて、住んでいる市民の皆さんもとても嬉しく感じると思いますよ。

小田
 奥さんも狛江のことはめちゃくちゃ好きですから。なので、できれば引っ越したくはなかったのが本音なんですよ。

市長
 奥さんだけ狛江に残しておいていただければ(笑)。

小田
 いやいやいや!距離、近すぎるでしょ!どんな単身赴任なんですか!(笑)

市長
 でも、私自身本当に安全で安心な良い街だと思いますよ。

小田
 安心やし、自然もあってのどかやし。かといって不便じゃなくて、生活に必要なものは全てある。住むには最高の場所だと思います。

市長
 疲れて仕事から帰ってきて、ホッとする雰囲気もありますよね。

小田
 実は今日の対談も電車で来たんです。小田急線が好きなのと、市役所まで歩きながら行きたいなと思って。実際、街の中を歩いていたら、やっぱりテンション上がりましたね。

お笑い芸人として

市長
 お生まれは関西ですよね。

小田
 地元は京都ですね。京都っぽくないとはよく言われますけど。「はんなり」とは真逆の芸風をしてるんで(笑)。

市長
 お笑い芸人は子どもの頃から目指していたんですか。

小田
 最初はバスケットボール選手に憧れていました。でも才能にも体にも恵まれていないし、子どもの頃の夢だけで終わってしまいました。けど、高校生ぐらいからお笑い芸人になりたいという気持ちが芽生えてきて。

市長
 芸人を始めるきっかけは、何かあったんですか。

小田
 実は何も計画性は無くて、もう衝動に近いというか…。当時、大阪の大学に通っていたんですけど、2年生ぐらいのときに、大学の近くの公園でお昼ご飯を1人で食べていたんですよ。友だちもそんなにいなくて。その時に、明日からもこんな日々が続いていくのかと考えたらもう嫌になっちゃって。芸人をやりたいっていう気持ちはずっとあったので、そのお昼休みの間に、難波の吉本興行本社に行きました。養成所のパンフレットを取って帰って、親にはその日のうちに「芸人になる!」って言いました。だから、導かれるようにその一瞬で決めたんですよ。

市長
 決断力があったということですね。

小田
 今から考えたらちょっと怖い話ですけどね。

市長
 お笑い芸人になるということは、人を幸せな気持ちや楽しい気持ちにさせたいといったものが根底にあるかと思いますが、何か目標となるようなものはありましたか。

小田
 それは完全にダウンタウンさんですね。子どもの頃からお二人のお笑いを見て育って、他の番組はほとんど見ないぐらいフリークやったんで。ダウンタウンさんのようになりたかったのが一番大きかったですね。

市長
 ダウンタウンのお二人と共演できた時は嬉しかったんじゃないですか。

小田
 それはもう夢のようでしたね。ピン芸人でどん底になって、何十回、何百回も辞めようと思ったことがあるんです。それでも続けてこられたのは、「せっかくこの世界に入ったからにはダウンタウンさんと一回でも共演せずには終われへんぞ!」っていう思いで支えてもらったのが大きいです。

市長
 そのことはダウンタウンのお二人はご存じなんでしょうか。

小田
 うわー!どうだろう。そこまでの話はしていない気がします。でも、僕は憧れが強すぎて、ダウンタウンの松本さんとの食事会を断ったんですよ。

市長
 え!断ってしまったんですか。

小田
 いや、マネージャーさんを通してきちんと言いましたよ!でも、そもそも憧れが強すぎて、緊張して何もしゃべれないだろうし、それを達成したらもう向上心やハングリー精神も消えて、抜け殻になりそうやなって感じたんです。だから、「5年後もまだ僕がテレビで活躍していたら、その時にもう一度誘ってください」っていうのをマネージャーさん越しに伝えてもらったはずなんですけど…。ただ、どういう伝わり方をしているかは分からないですね。

市長
 東京に出てくるときには勝算があったんですか。

小田
 僕は大阪でブレークして東京に進出したのではなく、大阪で仕事が無さ過ぎて、東京に来た人間なんですよね。大阪で本当に何も無くて、一発逆転を狙って、夢を持って東京に来たタイプだったんです。だからそこまでの勝算は無くて、言うなれば背水の陣の覚悟でしたね。

市長
 でも、ここまでブレークされたということは元々実力を秘めていらっしゃったということですよね。

小田
 いやいや。でもまあ運も大きいですけどね。

市長
 運も実力のうちですよ。裏付けとなる本物の実力をすでにお持ちだったということだと思います。

小田
 大阪で仕事が無かった不遇な時代でも、よく「お前は売れる」とか「お前は面白い」とか言ってくれる先輩方もたくさんいました。だから、東京に来て実際に売れてよかったですね。先輩方の期待には応えられたかなと…。

市長
 最近はドラマのお仕事もされていますよね。

小田
 ありがたいことに、連続ドラマもいろいろと出させていただいて。

市長
 私も好きなテレビドラマの「石子と羽男」にも出られていましたよね。観ていたら、「あれ、何でここに出てくるんだよ」って(笑)。

小田
 いやいや、何か邪魔してるみたいな悪い方に言うてるじゃないですか!(笑)

市長
 最初にドラマへのオファーがあったとき、どう感じられましたか。

小田
 最初に読売テレビの連続ドラマに出させてもらって、そしたらNHKの朝ドラにも出させてもらうことになって。スタッフさんの数とか、撮影規模がすごくて、それこそ最初はドッキリかと思いました。

市長
 これからも俳優のお仕事は続けていきたいですか。

小田
 もしオファーがあればですが、今後もやっていきたいですね。…でも、良い機会なので改めて言っておきたいんですけど、おいでやす小田は頭のおかしい人間じゃないってことはホンマに分かってほしいです。テレビで「コラーッ!」とかデカい声で叫んでいるのも、「こんなんビジネスでやってます」って、ずっと言うてますから。

市長
 こうやって市報で新春対談をすることによって、「あ、実は真面目でしっかりした人なんだな」と、世間の人たちにも受け止められていくと思いますよ(笑)。

狛江の魅力

市長
 小田さんから見た狛江の魅力を伺いたいのですが、狛江市内ではお食事はされていましたか。

小田
 それこそ、狛江駅周辺の居酒屋や飲食店にはよく通っていましたね。駅前のラーメン屋もしょっちゅう行きました。特別な日には奥さんと2人でうなぎ屋に行ったりとか。

市長
 食事以外でも市内を散策することはありましたか。

小田
 それはもう多摩川ですね。もう何回行ったか分からないです。家から歩いて10分ぐらいでしたし、奥さんも特に気に入っていました。

市長
 多摩川のどこに魅力を感じましたか。

小田
 その雄大さですよね。もう今は芸人を辞めてしまった先輩から、川とか山は発想力を養うために意識的に見た方がいいって言われたことがあって。あまり意識していないですけど、僕たちって普段ビルとか駅とか人工物を見ながら生活しているじゃないですか。でも、大きな自然を見ることが、固定概念や決めつけていたことの扉を新しく開ける鍵になるって思っているんです。だから、ネタを考えるときには、よく音楽を聞きながら多摩川を歩いていましたね。

市長
 多摩川は小田さんのネタづくりにも影響を与えていたんですね。

小田
 散歩コースとしても最適ですし、何より景観が美しいですしね。

市長
 狛江の魅力を友人などに伝える場合、小田さんはどのように伝えられますか。

小田
 都心に近いけど自然が豊かですし、住む街というのはホンマにこういう街なんだと思いますね。だから、仕事に行くところは別にあっても、帰ってくる場所としては本当に最高です。それに僕からしたら、17年間大阪にいてどうにもならなくて、東京で初めて住んだ街が狛江なんです。住み始めてから、今みたいにお仕事を結構させてもらえるようになったという、パワースポット的な思いもあるんですよね。実際に住んでみたら、狛江の魅力は絶対に分かるはずです。狛江に住まなかった未来は分かりませんが、最初に狛江を選んでホンマに良かったなと思っています。

市長
 以前、コミュニティラジオのコマラジにも出演されていましたよね。

小田
 3年ぐらい前に番組をやらさせてもらって。ごみの収集日をお知らせする僕のアナウンスは、いまだに使っていらっしゃるようですね。

市長
 コマラジの出演はブレーク前の活動ということになるかと思いますが、振り返ってみていかがでしたか。

小田
 コマラジは、相方のこがけんと一緒にやっていたんですよね。ユニットとしての芸を磨ける場にもなりましたし、ラジオの収録と同時にその様子をYouTubeでも流させてもらったんで、後で振り返って観てくれる人はめちゃくちゃ多かったですね。それがいまだに映像としても残っていますが、いろいろな意味で僕らの財産にもなっているのでありがたいですね。

市長
 コマラジも今のステップの一つとしてしっかり捉えられているということですね。

小田
 もちろんです。でも、僕らも急にめちゃくちゃ忙しくなって全くスケジュールが取れなくなってしまって、番組を卒業という形になったんですよね。そしたら、今度は縁起が良いということでその番組枠を後輩の若手芸人たちで奪い合ったと聞きました(笑)。

市長
 狛江の場合はハリセンボンの近藤春菜さんもご出身なので、お笑いの方にとって狛江は縁起が良い街なのかもしれないですね。

小田
 僕はまさにそのパターンですね。若手芸人と一緒に仕事をしていると「実は僕も狛江に住んでいるんです」なんて言われるので、意外と狛江に住んでいる芸人は多いみたいです。

新年の抱負

市長
 今年の抱負、もしくはこれから目指すものはありますか。

小田
 まずは、とりあえず自分のレギュラー番組が持てたらと思っています。この2年ぐらい休みもほとんどないぐらい忙しくさせてもらっているのに、レギュラー番組を持っていないんですよ。そんな芸人、普通いないですよ。僕、何かしたんですかって気持ちです。あと、野望として映画に出たいですね。

市長
 映画、さすが!

小田
 何か、もういじってますやん(笑)。

市長
 いやいや(笑)。でも、芸人一本ではなく俳優もやられているので、これからも長く活躍されていくと思いますよ。

小田
 今後もオファーが続けば俳優のお仕事も継続していきたいですけど、やはり軸足は芸人に置いておきたいですね。

市長

 最後に狛江市民の皆さんにメッセージをお願いします。

小田
 住んでいると毎日当たり前にある風景だと感じているかもしれないですけど、狛江には一つ一つ素晴らしいものがあるってことを声を大にして言いたいです。緑も多くてすてきな街並みやし、住んでいて心地良いし。子どものために引っ越してくるって話も聞きますが、よく分かりますね。ホンマに良い街ですよ。狛江に住んでいることをもっと自慢していいと思います。僕はもう外から見る立場になってしまいましたが、だからこそ客観的に改めてそう感じます。

市長
 小田さんからあふれる狛江に対する愛情は、私もお話を伺っていて本当に嬉しくなりました。お引っ越しはされてしまいましたが、小田さんにはぜひ引き続き狛江市の宣伝部長として、観光大使の近藤春菜さんと一緒に狛江の魅力を発信していただきたいと思います。本日はありがとうございました。

小田
 ありがとうございました。また狛江に遊びに来ます!

 

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