令和3年1月1日号4・5面(1309号)
新春対談
プロフィール
原島 文雄さん
東京大学名誉教授、東京都立科学技術大学名誉教授、東京電機大学名誉教授。
東京大学工学部電気工学科を卒業し、同大学院工学系研究科電気工学専攻博士課程を修了して工学博士に。その後、東京都立科学技術大学学長、東京電機大学学長、首都大学東京学長等を歴任。
昭和53年に計測自動制御学会論文賞、平成16年に教育功労賞オフィシエ(フランス共和国)、平成21年に日本ロボット学会功労賞を受賞。
平成27年に瑞宝重光章を受章され、令和2年には文化功労者に選出。
文化功労者に選出~メカトロニクスとは~
市長 あけましておめでとうございます。本日は令和2年度の文化功労者としてメカトロニクスの分野で選出され、狛江市在住でもある原島文雄さんにお越しいただきました。このたびは、誠におめでとうございます。文化功労者として選出され、顕彰式に出席された際はどんなお気持ちでしたか。
原島 ありがとうございます。こんなことを言ったら意外かもしれませんが、実は文化功労者の顕彰式に出席した時は特別な感情は湧き上がりませんでした。我々研究者は研究論文に対して世界中でいろいろな賞をもらうため、変に慣れてしまっているのか、あまり感慨はありませんでした。とは言え、まさか文化功労者に選出されるとは全く予想もしていなかったので、最初にお話を伺った時にはびっくりしました。
市長 今回は、映画監督で狛江市名誉市民でもある木村大作さんも文化功労者に選出されました。この小さい狛江市から同時に2名も選出されるというニュースは、狛江市が文化・芸術の面においても成長している証しでもあり、市制施行50周年という節目の年に狛江市民に喜びを与えてくれたのではないかと思います。
原島 木村監督とは顕彰式に出席した際に直接ご挨拶することができましたが、同じ狛江市民として全くの同時期に選ばれたということは、本当に光栄なことです。
市長 先生はたくさんの賞を受賞されているわけですが、これまでもらった賞の中で一番嬉しかったもの、思い入れのあるものは何ですか。
原島 やはり研究者として一番最初にもらった賞は忘れられません。「研究者として初めて認めてもらえたんだ!」という、とても嬉しかった気持ちが強い印象として残っています。
市長 どこか不安な気持ちも抱えながら研究を進める中で、自分の研究内容への自信を持つきっかけになったということですね。ところで先生が研究をされている「メカトロニクス」というのは、機械分野と電気分野のどちらに分類されるんですか。
原島 「メカトロニクス」という単語の中にどちらも含まれていて、メカは機械、トロニクスはエレクトロニクス(電気)を意味しています。これは1970年代ごろにできた和製英語ですけど、今では世界中で使われています。私が研究を始めた時はまだロボットがありませんでした。簡単に言えば、工場の生産機械・自動車・鉄道・家電製品など、電気で動く機械を制御することを「メカトロニクス」と言います。
市長 なるほど。例えば、我々が普段乗っている自動車もさまざまな部品が複雑に組み合わさっています。それぞれの部品は機械操作のみで動いているわけではなく、「メカトロニクス」、つまり電気で制御することによって、より高度な動作をすることが可能になっているわけですね。自動車だけに限らず、家電製品をはじめとして、日常生活の中で私たちが意識せずに当たり前のように使っているものの多くが、実は原島先生の研究成果の恩恵を受けていそうです。
原島 私が研究を始めた50年くらい前は、エレクトロニクス(電気)の方がずっと遅れていました。ITもデジタルの技術も、ましてコンピューターもない。そんなところから始めました。エレクトロニクスの進歩とともにこのメカトロニクスも進歩をしてきたわけです。でも、少し悲劇的になるかもしれないですけど、このままメカトロニクスの技術の進歩が進み、今から24年後の大体2045年くらいには人知が及ばないものが完成すると思います。そうすると半分ぐらいの人間がメカトロニクスの能力にかなわなくなってしまうと考えられています。
市長 人間の全体的な能力の平均以上に、機械の能力が上がってしまうということですか。
原島 そうなったときに社会はどうするかということをすでに社会学者の方たちが議論を始めています。極端な話、半分以上の人が働く必要がなくなってしまう時代が来てしまうかもしれませんね。
AIの進化~人間とAIの共存~
市長 私自身、市役所の仕事も今後大きく変わっていくだろうと考えています。市役所に行かなくても手続きなどが済むようになるのではないかと。人間よりも、AIの方が知識やデータを入れ込んでいくと応答が正確になりますよね。何を言った、言わないとかがなく、AIがしっかりと答えてくれるという時代が訪れるのではないかと思います。AIを乗り越えるAIができてくるとか、いろいろと進化してくると、それ以上のものがつくられていきそうですね。
原島 今までの生物の進化は確率論です。何か理由があって進化してきたものじゃなくて、突然変異で単なる偶然の積み重ねでできたものです。ところがAIは違います。我々の理性によってAIがつくられるわけです。AIの進化と我々の意識や理性の進化が違う過程をとるかもしれません。AIのコントロールをどうするのか。AIをつくる人間の理性のコントロールをどうするのか。これからどう判断するのか分かりませんが、大きな課題です。
市長 新型コロナウイルス感染症の影響で、いろいろなことが相当変わってきたと思っています。衛生面などの部分で人間の手を使わない、触らないようなことが増えてきています。人が携わるものも、これから少なくなってくると思います。それこそ、今後は医療技術においてもロボット操作に頼るようなことも増えてくるのではないでしょうか。
原島 人間でもAIでも、これからは正確な方を使うと思います。さまざまな発見も人間の目よりAIの方が長けてきます。そうするとどこまでAIで進化させるのかという話になります。今後どうなってしまうんだろうと思いますね。
市長 先生は『鉄腕アトム』がお好きで影響を受けたと聞きました。
原島 小学生の時はあれしか読むものがなくて(笑)。もう隅から隅まで、何十回と読みました。
市長 『鉄腕アトム』に出てくる空飛ぶ自動車やロボットの内容は子どもの頃の夢でしたが、それらが徐々に現実化してきています。先生は『鉄腕アトム』から刺激を受けて、いろいろな研究心が沸いてきたのではないかと思います。
原島 間違いなく影響は受けていると思います。しかし、将来はどうなるか読めないですからね。大体アイデアとか根本的な思想は、19世紀から20世紀の天才たちが考え出して、それが最近確立されてきたのはコンピューターのおかげなんです。
市長 コンピューターの進歩に合わせて、学問が発展してきたということでしょうか。
原島 コンピューターは大体1960年ごろから使えるようになって、それから30~40年で大変進歩しました。今までは過去にあったテーマをコンピューターで解いていましたが、今はコンピューターがあるから新しい問題があると気が付いてきました。ここ十数年で基本的な考え方が変わってきました。
市長 そういうことに気が付いたということは、それは人間の進化もありますか。
原島 もちろん進化といえば進化です。AIのシステムやロボットも世界中の科学者やエンジニアが作り上げてしまいますが、それは人間に限らずいろいろなものが発展して進化してきたということです。これからも進化し続けますが、その時に人間はどうするのか。
市長 我々人間として、理性の問題もありますよね。あるIT企業の方とお話した時に、最近はこれだけいろいろなものが発展・進化すると、コミュニケーションを取ることがなかなかできなくなって、人間関係を構築することが難しくなると聞きました。そこで心のゆとりとか豊かさを求めていく社会にならないといけないと思います。
原島 今は子どもたちもパソコンができて当たり前の時代になってきていますよね。
市長 狛江市では、児童・生徒全員が一人1台パソコン・タブレットを持っています。そうするとすべて画面を見ながらいろいろな操作をしていくことになりますが、そこで教育面でも人と人とのコミュニケーションをどう学んでいくのか。そういった心の豊かさをどう教えていくかが大事になってくると思います。
原島 教育面では心の豊かさの育成を徹底してやってもらいたいです。2045年の時には、AIは自分で進歩するでしょう。人間の進歩より早いんじゃないでしょうか。
日常での息抜きの時間~散歩と勉強~
市長 幅広い分野の研究や勉強をされていると、ホッとできるような息抜きも必要です。先生は息抜きのために何かやられていることはありますか。
原島 私は野川緑地公園の緑道が気に入っていて、毎日散歩しています。往復すると3㎞ぐらいありますよね。場所によって桜があったりケヤキがあったり、木の種類も違います。それから、緑道沿いはきちんと手入れされていて、とてもよくできている場所だと思います。散歩していて非常に気持ちが良いです。娘から健康面でよく注意を受けるせいもありますが、最近は毎日歩いています。
市長 狛江市内は坂道も少なくて、散歩するにも歩きやすくて良いですよね。
原島 本当に歩くのに楽で良いです。また、年を取ってきて一番助かるのが、緑道に椅子が置いてあることです。街中には普通椅子があまりないのですが、緑道には椅子が500mおきぐらいに置いてあるのが非常にありがたいです。椅子がなかったら散歩していないんじゃないかと思います。
市長 緑道は季節を感じられるということと、安全だという部分があります。
原島 非常に良い場所です。世界でもあれだけの距離の緑道が街中にある場所はなかなかないと思います。
市長 リフレッシュできて、ホッとできるということと、健康面で歩ける場所があるのは良いですよね。狛江に住まれて狛江の印象はいかがですか。
原島 狛江に住んで大体30年ぐらい経つでしょうか。住み始めたのは偶然なんです。子どもたちが通学しやすい場所を探している中で、たまたま狛江に引っ越してきました。仕事柄、海外に行くことが多く、それこそ海外に住んでいた時期もありました。海外に比べても狛江は落ち着いた住宅地で本当に住みやすいと思います。
市長 ありがとうございます。狛江の環境が先生の研究成果に多少なりとも貢献できているのであれば嬉しいお話です。
原島 それと私は少し変わっていまして、5年前に教授などの職をすべて辞めて、まずは大学で考古学を学び始めて、今は放送大学の学生をしています。
市長 退職後に新しい学問の勉強を始められたわけですか。それはすごいですね!
原島 コンピューターができたここ50~60年の間に、すべての学問が非常に進歩しています。私も解説書や新聞に書いてある程度の知識を持っていましたけど、詳しいことは知らないので片っ端から勉強し始めました。学問の進歩によって、学問への興味がより湧いてきますし、新たな面白さを知ることになります。
市長 多方面の分野に興味が出始めているんですね。
原島 今朝は、宇宙の起源はどうなっていたのかという講義を聞いてきました。今はインターネットを使っていつでも自由に講義を聞けるので、良い時代になりました。
市長 人生100年時代と言われますが、先生は生涯勉強ということですね。狛江百塚と言われているように、狛江の歴史も奥深い内容です。よければ狛江の歴史にも目を向けてみてください。
原島 そう言えば、狛江はかつて神奈川県に属していたと聞きました。これは多摩川の流れが影響しているのですか。
市長 もともと三多摩地域は神奈川県に属していましたが、東京府の水源の問題で、狛江が属する北多摩郡も東京府に移管されました。多摩川は、長い年月の間に何度も流れが変わっているようです。神奈川県側に宿河原という地名がありますが、実は狛江にもありました。多摩川の流れが変わって、宿河原を分けてしまったようです。
子どもたちへのメッセージ
市長 市内の小学校4~6年生を対象に、「コマエ×ミライ×チャレンジ」という自由研究コンテストを昨年実施しました。なぜこのような企画をやろうと思ったかと言うと、世界には先生を含めてさまざまな分野の学者がいます。もっと日本人が世界で輝き、認められるようなことをしてもらいたいという願いからなんです。先生も『鉄腕アトム』からさまざまなことを学ばれたと思いますが、子どもの頃から自分で研究をして将来に向けて研究心を高めてもらいたくて今回初めて実施しました。
原島 きっかけを作るというのも我々大人の大切な仕事の一つだと思います。
市長 子どもたちからは348点の作品提出があり、今回18作品を優秀賞として選出しましたが、その中には新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえた研究や、環境問題などを研究した内容があります。このようなことを子どもたちに経験してもらい、さまざまなことに興味を持つきっかけとなり、今後先生のような研究者が出てくればよいなと願っています。
原島 今の子どもたちは恵まれています。本当に良い環境にいると思います。自分のことを考えると、今80歳ですが、5歳の時に終戦を迎えました。私が覚えている最初の記憶は空襲で、夜中に爆弾の中を逃げ惑いました。その次の記憶はその数日後に機銃掃射を受けたことです。その後戦争がなかったことには感謝しなければいけないと思います。
市長 人知が及ばないものが完成すると仰られた2045年まであと24年ですが、その間に今の子どもたちが大人になります。その子どもたちにかける言葉は何かありますか。
原島 私は孫が4人います。孫たちを見ていると、今の子どもたちはこの平和な環境の中で賢く育っていますね。さまざまな教育を受けながら思いっ切り成長してほしいです。でも、一番大切なのは「悪いことをしないでもらいたい」ということです。それだけで十分です。あとは好きなことをしてもらっても構わないとすら思います。
市長 何でも好きなように自由に選ぶことができるというのも、「何をやったらよいか分からない」という、ある種の不自由さを生んだりもしますよね。
原島 単に好きなことと言っても、無限にある中から選ぶことになります。だからこそ家庭や学校できちんと教育を受けることが大切で、その間で子どもたちはさまざまな選択をしていくことを学んでいかなければなりません。選択の余地と、社会が与える制約の比率は、もしかすると社会の制約の方が大きいかもしれませんが、生活環境や教育環境というのは大事だと思いますね。社会が健全に発展するためにはきちんとした教育環境が必要だと思います。
市長 子どもの成長には家庭や教育などの周りの環境をきちんと整えなければいけない。とても大事なポイントですね。
原島 知識というのは生まれた時には何も入っていないですからね。人間が持っている知識は何も遺伝はせず、すべて教育や環境などから学び取っていくものです。
市長 先生は多くの学問を勉強されているので大変興味深いお話をたくさん聞くことができました。ぜひ狛江市民の皆さんにも先生のお考えを伝えられる機会を作っていければと思います。本日はどうもありがとうございました。